親鸞聖人の教えとは
浄土真宗の教えを一言で言えば「平生業成(へいぜいごうじょう)」です。
この四字の意味が分かれば、親鸞聖人の教えのすべてが分かります。
「平生」とは、死後ではない、生きている現在のこと。
「仏教」と聞くと「葬式や法事のときに用事があるもの」と思われがちですが、そうではありません。
“生きている今”を最も重視されているのが浄土真宗です。
「業」とは「人生の大事業」、すなわち「人生の目的」のことです。
それは「絶対の幸福」になることだ、と親鸞聖人は教えられました。
「成」は「完成する」「達成する」ということです。
ですから、「平生業成」とは、「どんな人も、生きている今、絶対の幸福になれる。
だから、あなたも早く絶対の幸福に救われなさいよ」と教え勧められた親鸞聖人の教えの一枚看板なのです。
親鸞聖人と絶対の幸福
すべての人は昔も今も、幸せを求めて生きています。生きる目的は「幸福」だといえるでしょう。
その幸福に2つある、と仏教では教えられます。「相対の幸福」と「絶対の幸福」です。
相対の幸福とは、欲しいものを手にした喜び、夢が実現した満足など、
私たちが日々、追い求めている幸福のことです。
しかし悲しいことにその幸福感は、時間と共に色あせる、今日あって明日なき無常の幸福です。
恋人と過ごせる楽しみも、ライバルの出現で不安に一変します。
医者の世話になったことがないと健康を自慢していた人が、突然の病に倒れることもあります。
ようやく建てたマイホームを台風や地震などの災害で失うことも珍しくありません。
このように相対の幸福といわれるものは、「壊れはしないか」という不安が常につきまとっていますから、
“これ一つ達成したら悔いなし”と心から満足できる真の幸福とはいえないと仏教で教えられるのです。
いつどうなるか分からない世の中で、不安の絶えない人生を送っている私たちに、親鸞聖人は、
永遠に変わらない「絶対の幸福」があることを教えられ、
この「絶対の幸福」になることこそ人生の目的だと教えられています。
「人間に生まれてよかった。この幸福になるための人生だった」と、
心の底から喜べる真の幸福を明らかにされているのが仏教であり、親鸞聖人の教えなのです。