浄土真宗 親鸞会

親鸞聖人について

親鸞聖人とは

戦後、出版された本の中で、最も多く語られた「歴史上の人物ベストワン」といわれる親鸞聖人。
どんな方なのか、ご紹介しましょう。

親鸞聖人

たくましきご一生

激動の時代を生き抜かれた親鸞聖人90年のご生涯は、まさに波乱万丈でした。

九歳

ご出家
親鸞聖人は約850年前、京都にお生まれになりました。4歳で父を、8歳で母を亡くされ、「次に死ぬのは自分だ」と死の影に驚き、9歳で出家。比叡山天台宗の僧侶となったのです。「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」の歌は、出家の時に詠まれたものと伝えられています。「人は死ねばどうなるのか」。この暗い心の解決一つを求めて、親鸞聖人は比叡の山で猛烈な修行に打ち込まれます。

二十九歳

法然上人との出会い。絶対の幸福に
時は流れて20年。親鸞聖人の修行は他の追随を許さない壮絶なものでしたが、いまだ暗い心の解決は成し難く、比叡山の教えに絶望。ついに下山を決意されます。「煩悩に染まりきった親鸞の救われる道はないのだろうか。導いてくださる高僧はどこに……」。京都の街をさまよい歩く中、四条大橋で旧友と思わぬ再会を果たし、その縁で「どんな人も本当の幸せになれる道」を説かれる法然上人に出会います。そして阿弥陀如来の本願を聞き、たちどころに絶対の幸福に救われたのです。

三十一歳

破天荒のご結婚
ただちに法然上人のお弟子となられた親鸞聖人は、師匠の勧めに従われ、31歳の時、肉食妻帯(魚などの生き物の肉を食べ、結婚すること)を断行されました。僧侶が公然と肉を食べ結婚することは、当時、世間でも仏教界でも大問題でした。しかし親鸞聖人は、すべての人がありのままの姿で本当の幸せになれる、真実の仏教を明らかにするために、あえて決行されたのです。

三十五〜四十歳過ぎ

弾圧により流刑
高木、風にねたまれる。それは、いつの時代も変わらない。法然上人の信奉者が急増すると、他の仏教宗派のねたみから日本仏教史上かつてない大弾圧が引き起こりました。念仏は禁止、法然上人は土佐(高知)へ、親鸞聖人は越後(新潟)へ流刑となったのです。しかし親鸞聖人は、これも阿弥陀如来の本願をお伝えする仏様のお導きと微笑され、越後で仏教を広められます。

四十〜六十歳過ぎ

関東での20年間
5年後、解放された親鸞聖人は、越後から関東へ移られて20年、ひたすら真実の仏教を伝え続けられました。その間、仏法嫌いの日野左衛門の門前で石を枕に、雪をしとねに休まれて仏教を伝えられたり、親鸞聖人を恨み、剣を振りかざして押しかけてきた山伏・弁円に、数珠一連で立ち会われ、「友よ、兄弟よ」とあたたかく手を差し伸べられたエピソードなどが、今に伝えられています。

晩年

著作に励まれる
還暦すぎて親鸞聖人は、名残り尽きない関東を後に、なつかしき京都へ帰り、著作の業に専念されます。親鸞聖人にはたくさんの著書がありますが、中でも主著『教行信証』は晩年まで手元に置かれ、幾度も加筆修正された跡が残っています。後世の人々にも、何としても本当の仏教、阿弥陀如来の本願を伝えねばならぬというお気持ちが、ひしひしと伝わってきます。

どんな困難にも屈しない親鸞聖人のたくましさの源泉はどこにあったのか。
それは、阿弥陀如来の本願によって人生の目的を達成され、
絶対の幸福に救い摂られた無限の喜びと感謝にありました。
親鸞聖人の波乱万丈の90年はひとえに、
すべての人が本当の幸せになれる道一つを明らかにされるためでした。
親鸞聖人の教えを聞けば、あなたも必ず絶対の幸福になれるのです。

ご遺言

親鸞聖人のご遺言
最後に、親鸞聖人のご遺言をお聞きしましょう。
「我が歳きわまりて、安養(あんにょう)浄土に還帰(げんき)すというとも、和歌の浦曲(うらわ)の片男浪(かたおなみ)の、寄せかけ寄せかけ帰らんに同じ。一人居て喜ばは二人と思うべし、二人居て喜ばは三人と思うべし、その一人は親鸞なり」(御臨末の書)
「まもなく私の、人生は終わるであろう。一度は弥陀の浄土へ還るけれども、寄せては返す波のように、すぐに戻って来るからな。
一人いるときは二人、二人のときは三人と思ってくだされ。嬉しいときも悲しいときも、決してあなたは一人ではないのだよ。いつもそばに親鸞がいるからね」

魅せられる親鸞聖人

親鸞聖人の語り尽くせぬ魅力の一端を、著名人の言葉で紹介しましょう。

  • 夏目漱石(小説家)
    1867~1916

    親鸞聖人に初めから非常な思想があり、非常な力があり、非常な強い根底のある思想を持たなければ、あれ程の大改革(肉食妻帯)は出来ない(『漱石全集』所収「模倣と独立」)

  • 吉本隆明(思想家)
    1924~2012

    一世紀とか二世紀とかの単位でスゴイなっていう思想家は何人かいると思うけど、こういう親鸞みたいに大変な思想家っていうのは、ちょっといないねえ(『悪人正機』)

  • 司馬 遼太郎(小説家)
    1923~1996

    鎌倉時代というのは、一人の親鸞を生んだだけでも偉大だった(『この国のかたち』)

  • マルティン・ハイデガー(哲学者)
    1889~1976

    今日はじめて日本の聖者、親鸞を知った。10年前にこんな素晴らしい聖者があったことを知ったら、日本語を学び世界に拡めることを生きがいにしただろう(昭和38年『中外日報』より)

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