読む・知る

浄土真宗

阿弥陀如来とは 【浄土真宗の教え】阿弥陀如来の本願を知れば、仏教が分かる

仏教を理解するポイントが「阿弥陀如来」

「何十年も寺で仏教を聞いてきたが、よく分からん」
「仏教の本を何冊も読んだが、難しい」

という声を、よく聞きます。

学問やスポーツでも同じことが言えるかもしれませんが、私たちが仏教を聞いて学ぶとき、ここをおさえておけばスッと分かる、という要(かなめ)の部分が、いくつかあります。
そのポイントを知らないと、何十年聞いても、何十冊仏教書を読んでもわからなかったり、枝葉末節に時間と労力を費やしかねません。
その一つが今回のテーマ「阿弥陀如来」です。

阿弥陀如来」や「阿弥陀仏」という言葉は、聞いたことのある人も多いでしょう。
しかし、「阿弥陀如来とはなんですか?」と聞かれると、自信を持って答えられる人は、少ないのではないでしょうか。

「阿弥陀如来」は、釈迦が「発見」された仏様

まず、「阿弥陀如来」という仏様は、仏教を説かれた釈迦によって発見され紹介された仏様、であります。
ちょうど、原子の極小の世界のことは、一般の人にはチンプンカンプンですが、原子物理学者であれば分かるように、仏の世界のことは仏の覚りを開かれた方しか、わかりません。
この地球上で仏の覚りを開かれた方はお釈迦様だけですので、もし、釈迦があらわれなければ、「阿弥陀如来」という仏様の存在を私たちは知ることはできませんでした。

阿弥陀如来を紹介された お釈迦様とは

では、お釈迦様は、どんな方であり、「阿弥陀如来」とどんな関係があるのでしょうか。

世界の三大聖人、二大聖人といわれても、トップに挙げられるお釈迦さまは、今から約2600年前、インドのカピラ城主、浄飯王の長男として生まれ、シッタルタ太子と呼ばれていました。
生まれながら、最高の地位、名誉、財産を持ち、その上、親の溺愛を受け、思うままの生活が約束されていた人でした。

19才で国一番の美女といわれたヤショダラ姫と結婚し、翌年、男子をもうけられています。さらに、春夏秋冬の四季の御殿に住まわされ、五百の美女とたわむれる栄耀栄華の限りを尽くした方でした。
私たちが、その中の一つでも手に入ればと、日々、必死に求めているものすべてを釈尊は、すでに持っておられたのです。

その釈迦が、なお満足できない魂の叫びに驚き、29才のとき、それら一切の名誉、地位、財産、妻子を捨てて城を出て、入山学道の人となられたのです。

「この世の一切のものは、常住しないのだ。いずれの日にか衰え、いずれの日にか亡ぶのだ。歓楽つきて哀情多しといわれるではないか。快楽のカゲにも、無常の響きがこもっている。美女の奏する弦歌は、欲をもって人を惑わすのみだ。
人生は、苦悩に満ちている。猛き火のごとく、浮かべる雲のごとく、幻や水泡の如きものではないか。若きを愛すれど、やがて、老と病と死のために壊れ去るものばかりである」

人生の実相を洞察なされた釈迦は、常住不変の絶対の幸福とはなにか。いずこに存在するのか。それこそが、万人の求めているものではないかと、勤苦六年、35才12月8日、ついに仏の覚りを開かれたのです。

そして80才でお亡くなりになるまでの45年間、覚った大宇宙の真理を説かれた教えが仏教なのです。

仏=死人のこと?

ここで「」についても、説明しておきましょう。
世間では、死人のことを仏と言っていますが、大変な誤解です。仏とは、仏の覚りを開かれた方のことをいいます。「如来」も「」も全く同じ意味です。

一口に覚りといっても、低い覚りから高い覚りまで52の位があり、これを「覚りの52位」といい、それぞれの覚りに名前がついています。ちょうど、相撲取りでも、上は横綱大関から、下は褌担ぎまで、いろいろあるようなものです。

その52段目、最高の覚りを仏覚といい、仏覚まで到達した人だけをとか、仏様と言われるのです。
覚りを開くとは、ちょうど山登りのようなもので、一合目よりも二合目、二合目よりも三合目と、登れば登るほど見える景色が広がっていくように、大宇宙の真理が知らされてくるのです。

そして、頂上まで上り詰めると、360度すべて見渡せるように、大宇宙の真理がすべてわかるのです。ここでいわれる真理とは、数学的、物理的真理などではありません。私たちが本当の幸福になれる真理のことです。
この地球上では、仏の覚りまで到達された方は、お釈迦様以外にはありません。
  

阿弥陀如来と釈迦の関係は? 仏はみんな同じ?

35才で仏覚に到達された釈迦は、この大宇宙には地球のようなものが数え切れないほどあり、仏の覚りを開かれた方もガンジス河の砂の数ほどおられることを、仏の智恵によって知られました。
これらの仏様を十方諸仏(じっぽうしょぶつ)といいます。よく知られているのは、大日如来や薬師如来、ビルシャナ如来なのですが、みな十方諸仏の中のお一人です。
そして、その十方諸仏の王様の仏、先生の仏である「阿弥陀如来」を発見されたのです。

ここは重要なところなので、少し整理しておきましょう。

地球上で唯一、仏の覚りをひらかれた方はお釈迦様で、「釈迦牟尼仏」とも言われます。しかし、大宇宙には、数えきれないほどの仏様があり、「十方諸仏」と言われます。釈迦も、十方諸仏のお一人です。

釈迦を含む十方諸仏の先生の仏、王様の仏が、「阿弥陀如来」といわれる仏様です。
「釈迦」「十方諸仏」「阿弥陀如来」の違いと関係をよくおさえておくことが、重要です。「仏といっても、レッテルの違いで、みんな同じだ」と思っている人も多いですが、それは間違いです。

あるとき、小学校の先生が生徒たちに向かって、「太陽と月と、どちらが偉大ですか?」と聞いたところ、一人の生徒がサッと手をあげて答えました。「先生、それは月です。月は闇夜を照らしてくれますが、太陽はもともと明るいところを照らすだけだからです」

『世界のジョーク辞典』に載っている話ですが、日光を受けての月光ですから、太陽が偉大であることは言うまでもありません。
「釈迦」と「阿弥陀如来」は、月と太陽の関係であり、人類最高の偉人であるお釈迦様も、実は阿弥陀如来のお弟子なのです。 

阿弥陀如来の本願とは

お釈迦様が80才でお亡くなりになるまで説かれた教えはすべてお経に書き残されています。
それは七千巻以上にのぼる膨大なもので、釈迦の教え一切が記されていますから、これを一切経(いっさいきょう)といいます。
その一切経を幾度も読み破られた親鸞聖人は、『正信偈』(しょうしんげ)という仏教の書物に、「釈迦が仏教を説かれた目的は、阿弥陀如来の本願ただ一つであった」と断言されています。

弟子の使命は、先生の願い、先生の御心をお伝えすること以外にはありませんから、「阿弥陀如来」のお弟子である釈迦は、生涯、自分の先生である「阿弥陀如来の本願」一つをあきらかにされたのです。
お釈迦様だけでなく、大宇宙の仏方は、それぞれの世界で、「阿弥陀如来の本願」一つを説かれているのです。

この大切な「阿弥陀如来の本願」については、次回、お話ししたいと思います。

【ポイント】

  1. 「阿弥陀如来」は「釈迦」によって発見され、紹介された仏様。
  2. 「阿弥陀如来」と「釈迦」の関係は、師匠と弟子。「阿弥陀如来」は大宇宙最高の仏様。
  3. 弟子である「釈迦」が、先生である「阿弥陀如来の本願」一つを生涯かけて説かれたのが仏教。

浄土真宗についてもっと詳しくしられたい方に、現在、無料で小冊子(PDF)を提供しております。
詳しくは、コチラをご覧ください。
      ↓↓↓

全て

講座のご案内

浄土真宗親鸞会では、全国各地で浄土真宗・親鸞聖人の教えが分かる法話や講座を開いています。また、インターネットを利用したオンライン講座もあります。