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浄土真宗

浄土真宗とは【決定版】浄土真宗のお経 教え 法話など

浄土真宗のお経 教え 法話など、浄土真宗に関する大事な内容をまとめました。

浄土真宗とは

浄土真宗は、日本最大の仏教宗派として知られ、全国に約2万の寺院があり、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(島田裕巳著 幻冬舎)という本まで出ています。

浄土真宗のはじまり

浄土真宗は、約800年前、親鸞聖人が明らかにされた教えです。
「親鸞聖人の教え」と聞くと、親鸞聖人が考え出した教えがあるように思われがちですが、そうではありません。親鸞聖人は、いつも次のように仰っていました。

「親鸞の伝えていることは、決して私が考え出した新しい教えではない。
お釈迦様の説かれた仏教を、私も信じ、皆さんにもお伝えしているだけなのだ」

浄土真宗といっても、親鸞聖人の教えといっても、仏教以外にないことが分かります。仏教一つ教えているのが親鸞聖人であり、浄土真宗なのです。

浄土真宗とは すべての人が救われる教え

浄土真宗とは、老若男女差別なく、すべての人が救われる本当の仏教を明らかにされたものです。

2600年前、お釈迦様の説かれた教えは、7000巻にも及ぶお経に、すべて書き残されています。それらを何度も読破された親鸞聖人は、

「お釈迦様がこの世に現れて仏教を説かれたのは、阿弥陀仏の本願ただ一つを説くためであった」

と断言されています。

この阿弥陀仏の本願一つ分かれば、仏教のすべてが分かったことになるのだよ、と親鸞聖人は教えられています。「仏教を聞く」とは「阿弥陀仏の本願を聞く」ことなのです。

浄土とは

そもそも浄土とは、どのような意味なのでしょうか。

それは、仏の住する清らかな世界のことで、仏国土(ぶっこくど)ともいわれます。
経典にはいろいろな仏の国土が説かれていますが、阿弥陀仏の救いが広く伝えられているので、普通「浄土」といえば、阿弥陀仏の国である「極楽」を指すのです。

また、仏教では、浄土に対し人間世界を穢土(えど)と呼びます。

聖道門・浄土門

親鸞聖人は仏教を、聖道門と浄土門(聖道仏教、浄土仏教とも)の二種に分類されました。この呼び方は七高僧の一人、道綽の『安楽集』の説によります。

聖道仏教は自分の力で修行して、この世でさとりを開こうとする教えです。天台宗や真言宗、華厳宗、法相宗、禅宗などがあります。

浄土仏教は阿弥陀如来の本願の救いを説き、「阿弥陀仏に救われた人は、死ねば極楽へ往って仏に生まれられる」と教えます。(詳しくは後述)

浄土教とは

阿弥陀如来の本願を信じ、極楽に往って仏に生まれることを説く教えです。『大無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』を根本聖典とし、これを「浄土三部経」と称します。(詳しくは後述)

浄土真宗と親鸞聖人

浄土真宗と聞いて、真っ先に思い浮かぶ人物は、親鸞聖人です。

戦後、出版された本の中で、最も多く語られた「歴史上の人物ベストワン」といわれる親鸞聖人。

激動の時代を生き抜かれた親鸞聖人90年のご生涯は、まさに波乱万丈でした。
そのたくましきご一生を簡単に振り返ってみたいと思います。

浄土真宗と親鸞聖人(1)9歳 ご出家

親鸞聖人は約850年前、京都に生を受けました。4歳で父を、8歳で母を失い、「次に死ぬのは自分だ。死ねばどうなるのだろう」という深刻な無常観から9歳で出家。比叡山天台宗の僧侶となったのです。

出家する際、「明日、得度の式をあげよう」といわれた時、詠まれた歌が

「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」
(今を盛りと咲く花も、一陣の嵐で散ってしまいます。人の命は花よりはかなきもの。明日といわず、どうか今日、得度していただけないでしょうか)

だったと伝えられています。
この時から、暗い魂の解決を求め、親鸞聖人は難行苦行に打ち込まれます。

浄土真宗と親鸞聖人(2)29歳 法然上人との出会い。絶対の幸福に

血のにじむような20年。親鸞聖人は毎日、壮絶な修行に励まれますが、暗い心の解決は得られず、比叡山の教えに絶望。泣く泣く下山を決意されます。

「悪に穢れ、煩悩に染まりきった親鸞の救われる道はどこに。導きくださる高僧はおられぬか……」

京都の街をさまよう親鸞聖人。そんな中、四条大橋で旧友と思わぬ再会を果たします。その縁で「どんな人も、ありのままの姿で本当の幸せになれる道」を明らかにされる法然上人に出会います。そして阿弥陀如来の本願を聞き、たちどころに煩悩あるままで、絶対の幸福に救われたのです。

 

浄土真宗と親鸞聖人(3)31歳 破天荒のご結婚

親鸞聖人は、ただちに法然上人のお弟子となられます。31歳の時には、師匠の勧めに従われ、肉食妻帯(魚などの生き物の肉を食べ、結婚すること)を決行されました。僧侶が公然と肉を食べ結婚することは、当時、世間でも仏教界でも大問題でした。

しかし親鸞聖人は、すべての人がありのままの姿で本当の幸せになれる、真実の仏教を明らかにするために、非難攻撃、覚悟の上で断行されたのです。

浄土真宗と親鸞聖人(4)35-40歳 弾圧により流刑

ねたみ、そねみは世の常。法然上人の元への参詣者が急増すると、仏教宗派が権力者と結託し、日本仏教史上かつてない大弾圧が始まりました。念仏は禁止、法然上人は土佐(高知)へ、親鸞聖人は越後(新潟)へ流刑となったのです。

しかし親鸞聖人は、これも阿弥陀如来の本願をお伝えする仏様のお導きと微笑され、越後で仏教を伝えられます。

 

浄土真宗と親鸞聖人(5)40-60歳過ぎ 関東での20年間

5年後、自由の身となられた親鸞聖人は、関東へと赴かれ20年、ひたすら真実の仏教を広めていかれました。

その間、極寒の中、仏法嫌いの日野左衛門の門前で石を枕に、雪をしとねに休まれて仏教を伝えられたり、逆恨みから、剣をかざして殺しにきた山伏・弁円に、数珠一連で立ち会われ、「友よ、兄弟よ」とあたたかく手を差し伸べられたエピソードなどが、今に伝えられています。

 

浄土真宗と親鸞聖人(6)晩年 著作に励まれる

親鸞聖人は、還暦を過ぎられ、なつかしき京都へ帰り、著作に専念されます。親鸞聖人にはたくさんの著書があります。主著『教行信証』は最後まで何度も加筆修正なされています。その跡は今でも見ることができ、「後世の人たちにも、何とかお伝えしたい、知っていただきたい」という心が伝わり、私たちの胸を打ちます。

この、いかなる苦難にも屈しない親鸞聖人のたくましさの源泉はどこにあったのでしょう。
それは、阿弥陀如来の本願によって人絶対の幸福に救い摂られ「人間に生まれてよかった」という無限の喜びと感謝にあったのです。

親鸞聖人、波乱万丈の90年は、すべての人が本当の幸せになれる道を明らかにされるため、ただ一つでした。
そして、あなたも、親鸞聖人の教え、阿弥陀仏の本願を聞けば、必ず絶対の幸福になれるのです。

 

浄土真宗と親鸞聖人(7)ご遺言

最後に、親鸞聖人のご遺言をお聞きしましょう。

「我が歳きわまりて、安養(あんにょう)浄土に還帰(げんき)すというとも、和歌の浦曲(うらわ)の片男浪(かたおなみ)の、寄せかけ寄せかけ帰らんに同じ。一人居て喜ばは二人と思うべし、二人居て喜ばは三人と思うべし、その一人は親鸞なり」(御臨末の書)

「まもなく、私の人生は終わりをつげる。一度は弥陀の浄土へ還るけれど、波が寄せては返すように、すぐに戻って来るからな。
一人いるときは二人、二人のときは三人と思ってくだされ。嬉しいときも悲しいときも、決してあなたは一人ではないのだよ。いつもそばに親鸞がいるからね」

 

浄土真宗の特徴

僧侶が結婚することは、日本仏教の最大の特質で、浄土真宗の大きな特徴の1つです。

ブッダの定めた戒律では、出家(僧侶になること)は女性との交わりを禁じられ、犯せば教団から追放される重罪でした。

中国や韓国、東南アジアの仏教国では、今もそれが常識となっています。

日本でも親鸞聖人まで800年ほど前までは、僧侶の結婚は論外でした。

しかし800年前、親鸞聖人は公然と結婚されました。その破天荒は、仏教を破壊する悪魔、仏教の怨敵(おんてき)と集中砲火を浴びるほどだったのです。
このようにして僧侶の結婚を認める仏教が、親鸞聖人の浄土真宗から始まりました。その浄土真宗は室町時代、蓮如上人の活躍により日本最大の宗派となり、他の宗派も僧職の婚姻を認め、住職が子に寺を継がせるのが通例になりました。

一国の仏教をこのように変えた宗教家は、世界に例がありません。

浄土真宗と仏教の宗派

仏教を大きく分けると、「聖道(しょうどう)仏教」と「浄土仏教」の二つになります。

聖道仏教」は「自力仏教」ともいわれ、自分の力で厳しい修行に励み、この世でさとりを開こうとする教えをいわれます。

天台宗、真言宗、法相宗、華厳宗、禅宗などです。

浄土仏教」は、阿弥陀如来の本願による救いを説き、この世で阿弥陀仏の本願によって絶対の幸福に救われた人は、死ねば極楽へ往って仏に生まれる身になれますよとブッダは教えています。聖道仏教が自力の教えといわれるのに対し、浄土仏教は「他力仏教」といわれます。

他力」という言葉は、世間一般では、他人の提灯で明かりを求めるとか、他人のふんどしで相撲をとるといわれますように自分以外の「他人の力」を「他力」と理解されています。

また、太陽や空気、天候など天地自然の恵みを他力だと思っている人もあります。もしこのようなものを他力と致しますと、天候に恵まれているときは、他力に感謝できるかもしれませんが、日照りや干ばつが続いたり、東日本大震災などのように津波ですべてを流し、人命を奪う、人々を苦しめるものも他力となってしまいます。恐るべき呪うべきものが他力ということになります。

これは阿弥陀仏に対する大変な濡れ衣を着せることになります。このようなものが他力では決してありません。

親鸞聖人が『教行信証』に、

「他力と言うは、如来の本願力なり」

と仰っていますように、阿弥陀如来の本願力のみを他力というのですよと仰っています。

他力本願ではダメだ、自力更生でなければならないと時々新聞に書かれています。世間一般で他力とは他人の力を頼って、依存していることを他力と思い、新聞の記事を書いている人も、その記事を読んでいる人も違和感なく書いたり読んだりしていますが、他力とは仏教が語源ですので、正しい意味は仏教に教えられています。

親鸞聖人が『教行信証』にお書き下されていますように、他力とは阿弥陀仏の本願力のみを他力と言われるのでありまして、それ以外の力は他力とは言われません。

仏教で他力とは、「阿弥陀如来の本願の力」のみをいいます。

また自力という言葉について、自分の力を自力と世間一般では使われています。地震などで倒壊した家屋の中から自力で脱出した、プロ野球のペナントレースなどで、自力優勝が消滅したなどと使っていますが、自力も仏教が語源であり、世間一般で使われている自力の意味とは全くことなります。

仏教で自力とは、阿弥陀如来の本願を疑っている心だけを自力といわれます。自分の力という意味ではありません。

ブッダが仏教を教えられたのは、実に阿弥陀仏の本願一つを教えられるためでありました。

そのことはブッダご自身がお経の中に、ハッキリと教えておられます。

阿弥陀如来の本願とは阿弥陀仏という仏さまがなさっておられるお約束のことです。今日の分かる言葉でいいますと

どんな人をも 必ず助ける 絶対の幸福に

というお約束です。本当に絶対の幸福になれるのだろうか、と、阿弥陀仏のお約束を疑っている心だけを自力と言われます。

 

「浄土宗」と「浄土真宗」は、どこが違うのか

浄土真宗と浄土宗は別の宗派だから、親鸞聖人の教えと法然上人の教えは別なもののように誤解されています。なぜそうなってしまったのでしょう。

浄土真宗のお経

浄土真宗のお経は「浄土三部経」といわれる、阿弥陀仏の救いが説かれている3つの経典です。
3つのお経とは『大無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』です。

浄土真宗のお経(1)大無量寿経

釈迦の生涯、説かれたことは、「一切経」と呼ばれる七千余巻の経典に書き残されています。それだけ膨大な経典があっても、釈迦の本心が説かれた真実の経は、『大無量寿経』ただ一つだと、親鸞聖人は断言されています。

それ真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり
 親鸞聖人『教行信証』

最初から深遠な真実を説いても、誰も理解できないから、そこまで導くのに必要な準備(方便)として説かれたのが、他の経典なのです。

浄土真宗のお経(2)阿弥陀経

『阿弥陀経』には、阿弥陀如来と阿弥陀如来の極楽浄土について書かれてあります。
有名な

「これより西方、十万億の仏土を過ぎて世界有り、名けて極楽という」

というお言葉も『阿弥陀経』にあり、ここから極楽浄土のことを西方浄土ともいわれます。

また、大宇宙の仏方が、皆、阿弥陀如来の本願を絶賛していることも明らかにされています。

浄土真宗のお経(3)観無量寿経

親鸞聖人は『正信偈』の中に、弥陀の本願に救われた人は「韋提(いだい)と等しく三忍(絶対の幸福)を獲る」と記されています。

韋提とは、お釈迦さまに導かれ、地球上で初めて弥陀の本願に救われた、韋提希(いだいけ)という女性のことです。そのドラマは「王舎城の悲劇」として知られ、この「王舎城の悲劇」をハッピーエンドに展開させたのが、阿弥陀如来の本願であり、その阿弥陀仏の救いが『観無量寿経』に説かれているのです。
 

浄土真宗の根本聖典

『教行信証』

今の茨城県にある稲田の草庵で、親鸞聖人は主著『教行信証』の執筆を始められました。親鸞聖人は臨終まで、『教行信証』の推敲を重ねられていますが、一応の完成を見たのは52歳頃といわれています。

『教行信証』の正式名称は、『顕浄土真実教行証文類』です。

「文類」とは、「文章を整理して集めたもの」という意味で、書名のとおり『教行信証』の大部分は、経典や注釈書からの引用です。
「教巻」「行巻」「信巻」「証巻」「真仏土巻」「化身土巻」の全六巻からなっています。中でも親鸞聖人は、信心について書かれた「信巻」に最も心血を注がれました。

『正信偈』

浄土真宗では、仏前の勤行(ごんぎょう・おつとめ)で『正信偈(しょうしんげ)』を拝読します。

「正信偈」とは、「正信」とは「正しい信心」ということ。「偈(げ)」とは「うた」という意味ですから、『正信偈』は「正しい信心のうた」ということです。

「信心」と聞きますと、神や仏を信仰することだけを「信心」と思いがちですが、そうではありません。
書いて字のとおり、「心」で何かを「信」じれば、それは皆、信心です。

考えてみれば、私たちは皆、何かを信じて生きています。いえ、何かを信じなければ生きてはいけないのです。
例えば、明日も生きていられると、命を信じています。いつまでも元気でいられると、健康を信じています。夫は妻を、妻は夫を信じ、子供は親を、親は子供を信じて生きている。金の信心もあれば、名誉や地位の信心もあります。何かを信じていれば、それはその人の信心です。

何を命として信ずるかは一人一人違いますが、全ての人は何かの信心を持って生きています。
「生きる」ということは、「信ずる」ことなのです。

そして私たちは、信じていたものに裏切られた時に苦しみ悩みます。病気で苦しむのは健康に裏切られたからですし、失恋に泣くのは恋人に裏切られたからです。夫や妻を失い、子供に先立たれて悲嘆している人も、信じていた明かりが消えて、涙の谷に突き落とされているのです。しかも深く信じていればいるほど、裏切られた悲しみや怒りは大きくなります。

では、私たちは、裏切らないものを信じているでしょうか。たとえ70年、80年信じられるものがあっても、人間は最後、死なねばなりません。いよいよ死んでいく時には、信じていた家族や財産、名誉にも裏切られ、この肉体さえも焼いていかねばならないのです。

「やがて必ず裏切るものを信じているから、苦しみ悩みが絶えないのだ。本当の幸福になりたければ、絶対に裏切ることのない、正しい信心を持ちなさいよ」と親鸞聖人は教えられています。
その正しい信心(他力の信心)を明らかにされたのが、『正信偈』なのです。

 

『歎異抄』

『歎異抄』は、親鸞聖人の肉声を伝える格調高い名文として、思想家、哲学者、作家をはじめ、多くの人々に親しまれ、称賛されてきました。

浄土真宗の教え

浄土真宗は、約800年前、親鸞聖人が明らかにされた教えです。浄土真宗とか、親鸞聖人の教えと聞くと、親鸞聖人独自の特別な教えがあるように思われがちですが、そうではありません。それは、親鸞聖人が常に

「更に親鸞 珍らしき法をも弘めず 如来の教法を 我も信じ 人にも教え聞かしむるばかりなり」

と仰っていたことからも明らかです。この意味は“親鸞は、今まで誰も説かなかった「珍しき法」を弘めているのではない、釈迦如来の教えを、親鸞、間違いないと信じ、そのまま皆さんにお伝えしているだけである”ということです。ここからも分かるように、親鸞聖人は、ご自身の考えた独自の教えではなく、お釈迦さまの説かれたことだけを伝えられたのです。つまり、浄土真宗イコール仏教なのです。

浄土真宗の教えの一枚看板

親鸞聖人の教えを漢字四字で表したのが「平生業成(へいぜいごうじょう)」。
ですから、浄土真宗の教えの一枚看板は「平生業成」です。

平生業成の「平生」とは、「死んだ後ではない、生きている現在」ということ。
「業」とは、事業の業の字を書いて、仏教では「ごう」と読みます。人生の大事業のことを、「業」といわれているのです。
大事業といっても、オリンピック開催や、徳川家康の天下統一の事業などではありません。人生の大事業であり、言い換えると「人生の目的」です。

何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか、苦しくともなぜ生きなければならないのか、これが人生の目的であり、この最も大事な人生の大事業を「業」の一字で表しているのです。

最後の「成」とは、「完成する」「達成する」ということです。

「人生には〝これ一つ果たさなければならない〟という大事な目的がある。それは現在、完成できる。だから早く完成しなさいよ」と教えられた方が親鸞聖人ですから、親鸞聖人の教えを「平生業成」の教えというのです。

浄土真宗の中興の祖 蓮如上人

室町時代から今日まで、浄土真宗が日本最大の仏教教団たりえたのは、その多くが蓮如上人の功績によります。蓮如上人とは、どのようなお方だったのでしょう。

浄土真宗・用語集

浄土真宗の重要な用語、身近に使われる用語をまとめてみました。
日常使っている言葉に、大変深い意味があることに驚かれると思います。

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