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用語集

煩悩で苦しい?煩悩は減らせる?煩悩のナゾを解く

「あの人、煩悩まるだしね」とか「わたし、子煩悩なんです」など、「煩悩」という言葉が、会話に出てくることがあります。「煩悩」とは、仏教の言葉です。“あの人は…”と、限定的な言い方をすると、「煩悩」と関係ない人もあるように聞こえますが、「煩悩」は、特定の人だけでなく、人間であれば誰でも、私にもあなたにも、一人一人に、108の「煩悩」があります。大晦日に除夜の鐘を108回突くのは、この「煩悩」の数からきています。

「煩悩」の正体を知ることが、幸せへの第一歩

「インターネットの通販サイトを見てると、欲しいもの多すぎ。どうして、こんなに欲が深いんだろう」とか、「しょっちゅう、イライラしてる」とか、「同期の出世を、間近で見るのがイチバンつらい」などと、“煩い悩む”ことが、いろいろありますね。それがまさに「煩悩」です。意識してはいなくても、そんな煩悩に振り回されて、生きているのが人間です。心を離れて生きることはできませんから、幸せになれるかどうかのカギは「煩悩」にある、ともいえます。その正体が分かれば、「煩悩」と「幸福」の関係が分かり、クヨクヨしがちな人生が、前向きな人生へと転じることでしょう。

煩悩の“親玉”は、「欲」「怒り」「愚痴」の3つ

108の煩悩の中でも、とりわけ私たちを悩ませるのが、「欲」「怒り」「愚痴(憎しみ・妬み・そねみ)」で、「三毒の煩悩」といわれます。

「欲」とは、お金でもモノでも異性でも、自由でも権力でも、欲しい欲しいと、何でも欲しがる心です。無ければ無いで、切実に欲しがりますが、有るようになっても、なお欲しい欲しいと、キリもキワもなく、欲しがる心です。

ひとくちに「欲」の心といっても、食欲や睡眠欲など、いろいろありますが、特に強いのは、「名誉欲」「利益欲」でしょう。

「名誉欲」とは、褒められたい、認めてもらいたい、仕事のできる上司だと注目されたい、美人で気が利く女性と思われたい、モテたい、嫌われたくない、悪口を言われたくない、という心です。「褒められると、仕事のモチベーションがあがる」という人は、「名誉欲」が満たされて、やる気につながっているのでしょう。また、「自分は、服装や容姿を、どう見られようと、気にしない」という人は、「そんな“小事”に、こだわらない人」と思われたくてのことでしょうから、それもまた「名誉欲」の表れなのです。

「利益欲」とは、お金や物を欲しがる心です。「ガッツリ稼いで年収を上げたい」「いい車に乗りたい」「損したくない」と思うのが「利益欲」です。「どうせ同じ商品を買うなら、少しでも安くて良質なものを提供している店を選ぼう」と、ネットで入念に調べるのも、「どうせ卵を買うなら、少しでも安いスーパーで」と、真剣にチラシを見比べているのも、「利益欲」に動かされていると言えるでしょう。

友人から、こんな話を聞いたことがあります。「気に入った財布があって、衝動買いしたら、翌日、半額セールになっていた。あまりにも悔しかったから、その“半額財布”も買ってしまった」と。手元には、同じ財布が2つ。「損したくない」という「利益欲」の強さを、まざまざと教えてくれました。

「欲」の煩悩が深いほど「怒り」の煩悩は大きくなる。表と裏の関係

そして、その欲が妨げられた時に、猛然と噴き上がってくるのが「怒り」の煩悩です。「欲」と「怒り」は、いわば、「表」と「裏」の関係で、欲が深ければ深いほど、邪魔された時の怒りも大きくなります。

大勢の人の前で注意された時の気持ちは、どうでしょう。「恥かかせられた」という悔しさは、一生忘れられないほどの「怒り」になるのではないでしょうか。プライドを傷つけられて「名誉欲」を邪魔された「怒り」は、深刻です。

この「怒り」という字は、「心」の上に「奴」と書きます。心の中で相手を「あの奴」「この奴」と切り刻む心が「怒り」だから、と言われるのも、頷けます。「腹立った時は数を数えよ」「怒りは無謀に始まり後悔に終わる」などと、昔から教訓されていても、ひとたび怒りの炎が燃え上がると、それまで積み上げてきた知識も教養も経験も吹き飛んでしまいます。「後は野となれ山となれ!」とヤケになり、言ってはならぬことを言い、やってはならぬことをやり、夫婦間に亀裂が生じて離婚、そんな悲劇も後を絶たないようです。一瞬の「怒り」を制御できず、横綱という地位を失った人もありました。「怒り」のために、大事に築いてきた地位や人間関係など、全てを焼き尽くしてしまうこともあるのです。他人事ではないでしょう。

同僚の出世や成功を祝えないのは「愚痴」の煩悩

その「怒り」は、弱い相手には「八つ当たり」となり、自分よりも強い相手には「憎しみ・妬み・そねみ」の心となります。これらは「愚痴」といわれる煩悩です。

「勝るを妬む」といわれるように、友人の才能や美貌は妬ましく、同期の出世や成功を素直に祝えず、逆に失敗や災難などの不幸をひそかに喜ぶ心です。とても他人には言えない、醜くて、いやらしい心ですから、「心は蛇蝎のごとくなり(ヘビやサソリを見た時のようなゾッとする心)」と親鸞聖人はいわれています。

火事場に向かう途中で、「もう鎮火したよ」と聞くとガッカリするのは、なぜでしょう。「旅先の火事は、大きいほどおもしろい」といわれるように、情けないことに、“対岸の火事”を、楽しんでも、悲しむ心は、なかなか起きません。前代未聞の大犯罪や、残虐性の強い事件ほど、テレビの視聴率は上がり、週刊誌が売れるのは、「愚痴」の煩悩の仕業とも、いえそうです。

毒舌家A・ビアスが、『悪魔の辞典』に、「幸福とは、他人の不幸を見てよろこぶ快感」と書いているのは、まさに、この「愚痴」の心でしょう。

煩悩は変わらないままで、幸せになれる

毎日の暮らしの中で、仕事や子育て、人間関係の悩みや不安が絶えないのは、“思いどおりにしたい”という欲に翻弄されているからであり、それが邪魔されると腹が立ち、怒りをぶつけられない相手には、憎しみ・妬み・そねみの心が起きてきます。「このような煩悩が、少しでも減ったり、なくなったりすれば、穏やかな心になって、幸せになれるんだろうなあ」と、自分の心をまじめに見つめている人ほど、思うのではないでしょうか。

 仏教では、これらの煩悩は死ぬまで、減ることも、なくなることもないのだと明らかにされています。そのうえで、“煩悩は変わらないまま”で、「人間に生まれてよかった」と喜べる、本当の幸せになれるんだよ、と教えられているのです。

【まとめ】煩悩とは何か?

  • 煩悩とは、私たちを煩わせ悩ませ苦しませるもので、1人1人に108ある
  • 108の中でも、代表的な煩悩は「欲」「怒り」「憎しみ・妬み・そねみ」で、「三毒の煩悩」といわれる
  • 煩悩は死ぬまで、減りもなくなりもしないが、誰もが、煩悩あるがままで本当に幸せになれることが仏教に説かれている。
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