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体験談

東日本大震災で直面した孤独を『歎異抄』の言葉が救ってくれました

東日本大震災ですべてを失い、底なしの孤独を味わわれた福島県の深谷敬子さん。その悲しみが、喜びに転じるまでのドラマをお聞きしました。

東日本大震災ですべてを失い、底なしの孤独を味わわれた福島県の深谷敬子さん。
その悲しみが、喜びに転じるまでのドラマをお聞きしました。

―どんなきっかけで、仏教を学ぶようになられたのでしょうか?


私は、福島第一原発から7キロの場所で、美容室を経営していました。朝8時から夜10時頃まで、何十年も寝ずに働き、子供たちを育てました。ところが、東日本大震災で店は帰宅困難区域となり、全てを失いました。それがきっかけです。

―その時のことを詳しく教えていただけないでしょうか。


福島県の富岡町にある「サン・モード」という美容室を経営していました。
東日本大震災の日は、美容室にパーマを依頼したお客さんがいました。「明日は同級会だから、若く仕上げてね」と、60代のお得意さんが、笑いながら言っていました。話しながら頭髪を整え、もうすぐセットが終わる、という頃、この世のものと思えぬ揺れに襲われました。

店の壁には亀裂が入り、棚やタンス、立っている物は全て倒れる。お客さんと外へ飛び出しましたが、瓦が飛び、網戸が外れ、石油のドラム缶が引っ繰り返っています。思わずお客さんと抱き合いました。

「できるだけ西へ、急いで逃げてください」と消防団員が、大声で触れて回ってきました。
店で膝掛け用に使っていたバスタオル一枚持って車に乗りました。すぐ戻るつもりでしたから、財布も持たず、レジも店も鍵をかけないままです。さらに原発に近い大熊町の息子の家へと車を走らせました。息子の家も倒壊しかかって、入れない状態、乗ってきた車も地割れにはまって動かせなくなりました。やむなく車を捨て、息子の家族と大熊町の体育館へ向かいます。体育館には、すでにたくさんの人が集まっていました。

雪が降る厳寒の中、2,30分並んで待って、8枚切のパン1枚が1世帯に配られました。ビニールシートが敷かれた冷たい床の上で、震えながら一晩過ごした翌日、福島第一原発が爆発したことを知りました。

―その後、どうなったのでしょうか?


一時帰宅が許可され、家へ戻ると、地震で散乱した家に、泥棒の荒らした跡がありました。仏壇は、泥棒が入ってグチャグチャに荒らされています。いろんなものを見ると、涙がボロボロっと出てくるのです。人生の最後に差し掛かり、ほとんど全てを失って、これからやり直しもききません。「これから生きていけるだろうか」と、絶望的に感じました。また、「東京電力が悪い」「国が悪い」「あの時に町長が賛成したからだ」「知事が許可したからだ」とうらみの心いっぱいでした。

その後は避難所から避難所へ、1年で9回の引っ越しを重ね、郡山市に落ち着きました。

毎日、背中がゾクゾクするほどの寂しさがありました。散歩をしていても、知らないところです。知っている人もいないし、景色も見たことのない場所です。「なぜ私がここを散歩しなくちゃいけないのだろう」と思い、孤独を心底知らされました。足の下からダダダダーッと崩れるような寂しさでした。

そんな時、書店で『歎異抄(たんにしょう)をひらく』という本を目にしたのです。
裏表紙に「この世のことすべては、そらごとであり、たわごとであり、まことは一つもない」とありました。短い文ですが、私にとっては目からウロコで、書いてあるとおりだ、と実感しました。
「うわぁ、素晴らしい本に出遇えた」と思って、嬉しさのあまり本屋の前で抱きしめていたのを思い出します。

その後、著者の高森先生の、「因果の道理」についての講話を聞くことができました。

―法話で親鸞聖人の教えを聞いて、どう思われましたか?


「業力」について教えていただきました。お釈迦さまは、私たちが心と口と身で造る一切の行いは目に見えない力となって本人に蓄えられ、決して消えない、これを「業力」といわれる、と聞きました。この目に見えない業力が、全ての結果、運命を生み出すと聞き、これまでうらみいっぱいだった自分の心が言い当てられたようでした。まるで自分のために話をしてくださっているように感じて、一言一言が胸に届きました。すぐに、「親鸞学徒になります」と言って、親鸞会に入れていただきました。

―最後に、皆さんにメッセージをお願いします。


数十年かけて築いてきたもの全てを震災で失いましたが、親鸞聖人の教えに出遇い、それに代わる素晴らしい宝物を得ることができました。特に、親鸞聖人ご臨末のお言葉が大好きです。

「我が歳きわまりて、安養浄土に還帰すというとも、和歌の浦曲の片男浪の、寄せかけ寄せかけ帰らんに同じ。一人居て喜ばは二人と思うべし、二人居て喜ばは三人と思うべし、その一人は親鸞なり」

(間もなく私の、今生は終わるであろう。一度は弥陀の浄土へ還るけれども、寄せては返す波のように、すぐに戻って来るからな。一人いる時は二人、二人の時は三人と思ってくだされ。うれしい時も悲しい時も、決してあなたは、一人ではないのだよ。いつも側に親鸞がいるからね)

今は、寂しくないです。いつも阿弥陀仏に導かれ、親鸞聖人が側にいてくださり、法話があって、親鸞会の仲間がいます。今はすごく幸せです。


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『歎異抄』は全18章からなります。中でも前10章は親鸞聖人の肉声をそのまま伝える珠玉の言葉にあふれ、私たちの魂をゆさぶり魅了せずにはおきません。そんな『歎異抄』の基礎知識をまとめました。

追伸:深谷さんの人生を一変させるきっかけとなった『歎異抄』の解説書はこちら。
『歎異抄をひらく』(1万年堂出版)

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