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浄土真宗

阿弥陀如来とは 【保存版】阿弥陀如来の本願を知れば 仏教が分かる(4)

阿弥陀如来と阿弥陀如来の本願

阿弥陀如来の本願についてお話ししてきました。今回は、その4回目です。
まだ1回目~3回目の内容をお読みでない方は、こちらを先にお読みください。

阿弥陀如来の本願とは、阿弥陀如来という、すべての仏様の先生がなされたお約束です。

それは、今日の言葉でいえば

「すべての人を、必ず助ける、絶対の幸福に」

という誓いです。

阿弥陀如来のお約束どおり、絶対の幸せ者になったとき、「人間に生まれてよかった!」と心の底からの喜びがあふれかえります。

「生きてきてよかった。この身になるための人生だったのか」と生命の歓喜あふれる幸せにしてみせると誓われているのが阿弥陀如来の本願です。

しかも、その救いは死んでからではありません。平生達者なときに、あっという間もない一念(何兆分の1秒よりも短い時間)で救う、というとてつもないお約束なのです。
「死んだら助ける」というお約束ならば、死んでみなければわかりません。生きているときに救う本願だからこそ、生きている現在、「阿弥陀如来の本願によって、絶対の幸福に救われたぞ!」と、ハッキリするのです。

阿弥陀如来の本願と親鸞聖人の教え

親鸞聖人は、29才のとき、師匠である法然上人より、「阿弥陀如来の本願」を聞かれて、絶対の幸福に救われています。

そのお言葉が、

「誠なるかなや、摂取不捨の真言」(教行信証)

です。

摂取不捨の真言(せっしゅふしゃのしんごん)」とは「阿弥陀如来の本願」のことです。
「ガチッと摂め取って捨てられることのない絶対の幸福に救うと誓われた阿弥陀如来の本願、まことだった、本当だった!」と叫ばれています。

帰命無量寿如来 南無不可思議光(きみょうむりょうじゅにょらい なむふかしぎこう)」という、親鸞聖人の書かれた『正信偈』の冒頭の二行も、絶対の幸福に救われた喜びを仰言っています。

帰命」も「南無」も、共に「救われた、助けられた」という意味であり、「無量寿如来」も「不可思議光」も、「阿弥陀如来」のことですから、「親鸞は阿弥陀如来の本願に救われたぞ! 親鸞は阿弥陀如来の本願に助けられたぞ!」と、繰り返し叫ばれています。
そして、90才で亡くなるまで、「阿弥陀如来の本願」一つを教え続けられました。親鸞聖人の著作は沢山ありますが、みな、「阿弥陀如来の本願」しか教えられていません。

主著の『教行信証』の書き出しも、「難思の弘誓(なんしのぐぜい・阿弥陀如来の本願)は……」です。

有名な『歎異抄』も「弥陀の誓願(みだのせいがん・阿弥陀如来の本願)不思議に助けられまいらせて……」ではじまります。

ですから、「阿弥陀如来の本願」を知らずしては、仏教も、親鸞聖人の教えも一切分からないのは当然といえます。
逆に言えば、「阿弥陀如来の本願」一つが分かれば、仏教のすべてがわかるのです。

親鸞聖人と同じように、生きているときに「阿弥陀如来の本願」に救われ、絶対の幸福になるまで、共に聞かせて頂きましょう。

【ポイント】

  1. 「阿弥陀如来」は「釈迦」によって発見され、紹介された仏様。
  2. 「阿弥陀如来」と「釈迦」の関係は、師匠と弟子。「阿弥陀如来」は大宇宙最高の仏様。
  3. 弟子である「釈迦」が、先生である「阿弥陀如来の本願」一つを生涯かけて説かれたのが仏教。
  4. 「阿弥陀如来の本願」とは、苦しみ、悩み、不安の絶えない人生を、生きているときに、「人間に生まれてよかった!」という絶対の幸福にしてくだされるお約束。

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