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浄土真宗

「南無阿弥陀仏」とは何か【浄土真宗の教え】 無上の宝を頂いて、本当の長者になろう!

なじみの深い「南無阿弥陀仏」というお言葉。しかし、呪文かなにかのように勘違いしている人も決して少なくありません。
今回は、ズバリ「南無阿弥陀仏」とは何か、についてお話しいたします。

南無阿弥陀仏は、私たちを本当の長者にする大宇宙最高の宝

南無阿弥陀仏とは何ですか?
このような率直な質問をたびたび受けます。
「南無阿弥陀仏」という言葉は知っていても、それが何かを知る人はマレです。

一言でいえば、南無阿弥陀仏は私たちを、本当の長者にする大宇宙最高の宝です。
どういうことか、順番にお話ししていきましょう。

南無阿弥陀仏によってなる長者は、心の長者

そもそも「長者」といっても三通りあると仏教を説かれたお釈迦様は教えられています。
三通りの長者とは、「家の長者」「身の長者」「心の長者」であり、これを「三長者」といいます。

家の長者

家の長者」とは、金や財産、地位や名誉に恵まれ、立派な邸宅や車を持ってい
る、いわゆる「金持ち」です。

先日、世界の長者番付が発表されました。
総資産11兆円、9兆円、8兆円・・・と聞いて、テレビの前で「ふ~」とため息をついて、「0.0001%でいいから分けてもらえないか」と羨ましがった り、「幸せは金じゃない!」などと自分に言い聞かせたり、「あんなにお金があると、きっと大変だろう」と余計な心配をしたり、反応は人それぞれでしょう。

しかし、お金持ちが必ずしも幸福とは言えません。
ある調査によると、所得が上がるに連れて幸福度は上昇しますが、年収が500万円を越えると平行線になり、1500万円を超えると、逆に幸福度が下がったそうです。

また別の研究では、世界長者番付のトップクラスの人たちと、アフリカのマサイ族との幸福感には、ほとんど差が無い、とのことです。

そういえば、こんな話を思い出します。
所はある南の国。登場人物はアメリカ人と現地人。
ヤシの木の下で、いつも昼寝をしている男をつかまえて、アメリカ人が説教する。
「なまけていずに、働いて金をもうけたらどうだ」
男がジロリと見あげて言う。
「金をもうけて、どうするのだ」
「銀行に預けてふやせば、大きな金になる」
「大きな金ができたら、どうする」
「立派な家を建て、もっと金ができれば、暖かい所に別荘でも持つか」
「別荘を持って、どうするのだ」
「別荘の庭のヤシの下で、昼寝でもするよ」
「オレはもう前から、ヤシの下で昼寝をしている」

人間の幸福って、何なんでしょうか?

「身の長者」

身の長者」とは、健康に恵まれている人のことです。たとえ金や財産、地位や名誉があっても、健康でなければ喜べません。健康ほど幸せなことはない、といわれる所以でしょう。

しかし私たちは生身の人間、いつ、どんな病気になるやら、事故や災害に遭うか、わかりません。たとえ平穏な人生であっても、誰しも最後は、死なねばなりません。100%確実な未来であり、しかも、遠い先の夢物語ではありません。

まことに死せんときは、かねてたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも相添うことあるべからず。
されば死出の山路の末、三塗の大河をば、ただひとりこそ行きなんずれ

(蓮如上人『御文章』)
病にかかれば妻子が介抱してくれよう、財産さえあれば、衣食住の心配は要らぬだろうと、日頃、あて力にしている妻子や財宝も、いざ死ぬ時には何一つ頼りになりません。一切の装飾は剥ぎ取られ、独りぼっちの死出の旅路は丸裸、一体、どこへ行くのでしょう

「家の長者」も「身の長者」も、残念ながら本当の幸せとはいえないようです。
王様の子供として生まれ、健康にも恵まれ「家の長者」「身の長者」であったお釈迦様が、29才で出家された理由も、そこにあったのです。

「心の長者」こそが、ホントの長者

では、三つめの「心の長者」とは、なんでしょうか。
これは、「人間に生まれてよかった!」と、大安心大満足の心になり、明るい楽しい何があっても崩れない変わらない絶対の幸福になった人のことです。

お釈迦様は、この心の長者が一番よいのだよ、この長者になるために、人間に生まれてきたのであり、生きているのだよ、と教えられています。

「ええっ!本当にそんなことになれるの?」と、驚かれるのも当然かもしれませんが、実は、私たちが「心の長者」になる方法を教えられたのが、仏教であり、どんな人でも受け取ることのできる“宝の山”が「南無阿弥陀仏」なのです。

南無阿弥陀仏一つを教えられたのが仏教

人類史上、最高の偉人といわれているのは、お釈迦様です。三大聖人、二大聖人といっても、常にトップにあげられます。

そのお釈迦様は、大宇宙最高の宝は、「南無阿弥陀仏」である、と仰っています。釈迦が35才で仏の覚りを開かれて、80才で亡くなるまでの45年間説かれた七千余巻の一切経はすべて、「南無阿弥陀仏」の素晴らしさ一つを解説されたものです。

六字ですので、六字の名号(みょうごう)と言われます。

この「南無阿弥陀仏」を薬に譬えると、一切経は、その効能書きにあたります。私たちが「南無阿弥陀仏」という薬を飲めば、こうなるよ、と、その効果・ 効用を書かれているのです。

ところが、驚くべきことに、80才のとき、「全部 説けなかった」と仰って、亡くなっているのです。

親鸞聖人も蓮如上人も、南無阿弥陀仏一つを讃嘆

今から800年前の親鸞聖人も、「南無阿弥陀仏」のことを、

功徳の大宝海 (正信偈)

と言われています。我々を絶対の幸福にする、大きな宝の海のようなものだ、ということです。

500年前の蓮如上人も、

真実の宝というは南無阿弥陀仏(御一代記聞書)

と仰っています。

そして、蓮如上人の御文章には、次のように書かれています。

「南無阿弥陀仏」と申す文字は、その数わずかに六字なれば、さのみ功能のあるべきとも覚えざるに、この六字の名号の中には、無上甚深の功徳利益の広大なること、更にその極まりなきものなり。
(意味)
南無阿弥陀仏といえば、字数はわずか六字だから、そんな凄い力があるとは誰も思えないだろう。しかし、本当は、南無阿弥陀仏の六字の中には、どんな人をも無上の幸福にする、釈迦も説き尽くせなかった計り知れないお力があるのである。

釈迦も親鸞聖人も蓮如上人も、口を揃えて絶賛されている南無阿弥陀仏ですが、私たちは「どこにそんな値があるのだろう??」と思い、見向きもしません。

それよりも、1万円札やダイヤモンドや金などが価値あるものと思って、目の色変えて追いかけています。

どうしてでしょうか? 以下の記事に続きます。

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