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浄土真宗の葬儀でよく読まれる「白骨の章」誕生エピソード(全文付き)

浄土真宗の葬儀で最もよく読まれるのが、蓮如上人の「白骨の章」(白骨の御文)です。今回は、その「白骨の章」についてやさしく学んでみたいと思います。

浄土真宗の葬儀で最もよく読まれるのが、蓮如上人の「白骨の章」(白骨の御文)です。
今回は、その「白骨の章」についてやさしく学んでみたいと思います。

目次

  1. 蓮如上人と「御文章(御文)」について
  2. 「白骨の章」誕生のエピソード
  3. 「白骨の章」を読んでみましょう
  4. 「白骨の章」には何が説かれているのか?
  5. まとめ

1.蓮如上人と「御文章(御文)」について

「白骨の章」は、親鸞聖人から200年後、浄土真宗を全国に広められた蓮如上人(れんにょしょうにん)が書かれた「御文章(ごぶんしょう)」の1通です。

「御文章」は「御文(おふみ)」ともいわれ、蓮如上人がご門徒にあてて書かれたお手紙です。そこには、蓮如上人個人の考えは一切なく、ひたすら親鸞聖人の教えばかりが記されています。

ひらがなまじりで、親鸞聖人の教えを分かりやすく説かれた「御文章」は「凡夫往生の手鏡(ぼんぶおうじょうのてかがみ)」といわれ、親鸞聖人の教えの浸透に大きな役割を果たしました。

蓮如上人は、生涯に何百通もの「御文章」を書かれていますが、今日、その中の80通が、5帖に分けてまとめられています。

  • 1帖目……15通
  • 2帖目……15通
  • 3帖目……13通
  • 4帖目……15通
  • 5帖目……22通

1帖目から4帖目までは年代順に並べられ、5帖目には年月日の記されていないものが収められています。ふつう『御文章』といえば、この5帖80通の「御文章」をいい、それ以外のお手紙は「帖外御文」(じょうがいおふみ)といわれます。

さて、その「御文章」の中でも、最も知られているのが「白骨の章」でしょう。「白骨の章」は、5帖目の第16通におさめられています。

2.「白骨の章」誕生のエピソード

「白骨の章」は、どのようないきさつで書かれたものでしょうか。

当時、山科本願寺(やましなほんがんじ)の近くに、青木民部(あおきみんぶ)という下級武士がいました。

17歳の娘と、身分の高い武家との間に縁談が調ったので、民部は喜んで、先祖伝来の武具を売り払い、嫁入り道具をそろえます。ところが、いよいよ挙式という日に、娘が急病で亡くなってしまったのです。

火葬の後、白骨を納めて帰った民部は、「これが、待ちに待った娘の嫁入り姿か」と悲しみに暮れ、51歳で急逝。たび重なる無常に、民部の妻も翌日、37歳で愁い死にしてしまいました。

その2日後、山科本願寺の土地を布施した海老名五郎左衛門(えびなごろうざえもん)の17歳になる娘もまた、急病で亡くなったのです。

葬儀の後、山科本願寺へ参詣した五郎左衛門は、蓮如上人に無常についてのご勧化をお願いしました。すでに青木家の悲劇を聞かれていた蓮如上人は、その願いを聞き入れ、書かれたのが「白骨の章」であると伝えられています。

3.「白骨の章」を読んでみましょう

では「白骨の章」全文を一度、読んでみましょう。

それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(すがた)をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終(しっちゅうじゅう)、幻の如くなる一期(いちご)なり。

されば未だ万歳の人身(まんざいのじんしん)を受けたりという事を聞かず。一生過ぎ易し。今に至りて、誰か百年の形体(ぎょうたい)を保つべきや。

我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先だつ人は、本の雫(もとのしずく)・末の露(すえのつゆ)よりも繁しといえり。

されば、朝(あした)には紅顔ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり。既に無常の風来たりぬれば、すなわち二の眼(ふたつのまなこ)たちまちに閉じ、一(ひとつ)の息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて桃李の装(とうりのよそおい)を失いぬるときは、六親・眷属(ろくしん・けんぞく)集まりて歎き悲しめども、更にその甲斐あるべからず。

さてしもあるべき事ならねばとて、野外に送りて夜半(よわ)の煙と為し果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。あわれというも中々おろかなり。

されば、人間のはかなき事は老少不定(ろうしょうふじょう)のさかいなれば、誰の人も、はやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、念仏申すべきものなり。

あなかしこ あなかしこ。(『御文章』5帖目16通)

4.「白骨の章」には何が説かれているのか?

この「白骨の章」に込められた蓮如上人の御心は、結びのお言葉に表されています。

「されば、人間のはかなき事は老少不定のさかいなれば、
誰の人も、はやく後生の一大事を心にかけて、
阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、念仏申すべきものなり」

仏教は、すべての人の「後生の一大事」を教えるところから始まり、「後生の一大事の解決」で終わる教えといわれます。

蓮如上人は「白骨の章」で世の無常を切々と訴え、阿弥陀仏の本願によって、早くこの後生の一大事を解決し、本当の幸せになってくださいよ、と私たちに訴えられているのです。

浄土真宗の葬儀で「白骨の章」が読まれるのは、身をもって無常を教えてくれた大切な人の姿にかけた説法を通して、人生で果たすべき最も大事なことを、蓮如上人から聞かせていただくご縁なのですね。

5.まとめ

  • 「白骨の章」は、蓮如上人の『御文章』5帖目16通のお手紙です。
  • 「白骨の章」には、世の無常が切々と訴えられ、後生の一大事とその解決の道が説かれています。
  • 浄土真宗の葬儀で「白骨の章」が読まれるのは、無常を縁として、一人一人が人生で果たすべき最も大事なことをお聞きするためです。
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