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10歳の息子を亡くした私は、こう立ち直った! 母親が子供との死別の悲しみを乗り越える5つの方法

中田秀美さん(81)は、30代で、10歳の息子を事故で失いました。

当初は自殺さえ考えるほど、つらかったと言います。

しかし今では、「その悲しみの末に、人間にとって最も大事なことを知ることができました」と感謝しているそうです。深い悲しみが幸せにつながった体験とは、どんなことだったのでしょうか。

(1)最も深い 母が子を亡くす悲しみ

身近な人との別れは、つらく、悲しいものです。

中でも、母親がわが子を亡くす悲しみは、最も深いと言われます。

デンマークの18年にわたる統計調査では、子供が健在の母親に比べて、子を亡くした母親の死亡率は、1.43倍高かったといいます。

また、アメリカのノートルダム大学とロチェスター工科大学による9年間の調査では、子供に先立たれた母親が、死後2年間で死亡してしまう確率は、3倍に上ると発表されています。

数字にも表れる、子を失った母親の悲しみの深さ。それは、実話を知ればなおさら、感じられます。

漁に出た若い息子を、海難事故で亡くしたお婆さん。真冬でも、雨戸を閉めずに寝ていました。亡くなったのは、数十年前なのですが、「息子が夜中に海から帰ってくるような気がして、雨戸が閉められないんじゃ……」と、ぽつり、胸中を語っています。
60代で長男を亡くしたある母親は、人前では涙を見せませんでした。しかし、30年経った時、「夜中に何度、枕を涙で濡らしたか、数えきれないよ……」と、次男にもらしたそうです。そして、97歳で死ぬ7日前に、そばにいた次男を長男と勘違いして、長男の名を呼び、「〇〇や、元気だったの」と、うれしそうに見上げたのでした。

何十年経っても、母の子を慈しむ心は、なくなるものではないのでしょう。

(2)母が子を亡くす悲しみは、なぜそんなに深いのか

母が子を亡くす悲しみは、なぜ、そんなに深いのでしょうか。

1つには、母親にとって、子供は血肉を分けた存在だからです。

おなかに宿った時から、母親はわが子を慈しみます。

お釈迦さまは、『父母恩重経』に「懐胎守護の恩」として、母親が妊娠してから出産するまでの苦労を次のように説かれています。

「悲母、子を胎めば、十月の間に血を分け肉を頒ちて、身重病を感ず。子の身体これに由りて成就す」
“母親は妊娠して十月の間、自分の血肉を分けて子供の体を造り上げていく。その激しい作業のため、常に重病人のように感ずるが、こうして、子供の体ができ上がる”

やがて、握った青竹を割るほどの痛みに耐えて、出産します。また、母乳は、血液から作られているそうです。

最近は、イクメンといって、育児に積極的な男性も増えていますが、日本ではまだまだ、育児の中心は、母親です。「子供が私の全て」になっている母親も多く、無事成長して巣立ってさえ、「空の巣症候群」といって、心にぽっかり穴があき、体調を崩す女性も少なくありません。まして、子に先立たれる苦しみは、想像に余りあります。

2つには、自責の念にかられるからです。

親、とりわけ母親は、子の成長に責任を感じています。

病気で亡くなった時は、

「私が、もっと丈夫に生んでやっていたら……」

「もっと注意深く、健康状態を見ていたら、早く病気を発見して、治してやることができたかもしれないのに……」

と自分を責めます。

事故で亡くなったなら、

「私がちょっと目を離したばっかりに……」

「もっと注意していたら、あんな事故には遭わなかったのに……」

「日頃から、交通ルールをもっと教えておけばよかった……」

「あんな危ない場所に行くのを許した私が悪いのだ……」

などと、悔やむのです。

3つには、子に先立たれるのは、一般的に少ないことだからでもありましょう。

今日の日本では、60歳時点での生存率は、男女ともに、90パーセントを超えています。

つまり、60歳までに死亡する人は10パーセント未満。そんな日本で、同年代の他の子供たちは元気に過ごしているのに、なぜ自分の子は死なねばならなかったのか……と、嘆き悲しむのです。

(3)母親が子供を亡くした悲しみを乗り越えるための5つの方法

では、それほどの悲しみを乗り越えるには、どうすればよいのでしょう。専門家の意見を5つにまとめました。

(その1)悲しみを思い切り、吐き出しましょう。

辛いのを我慢するよりも、ワッと泣き叫ぶほうが、立ち直りが早いといわれます。悲しみは一人で抱え込まず、思い切り泣き、また、誰か、聞いてくれる人に話して、思い切り、吐き出しましょう。

(その2)楽しかったことを思い出しましょう。

亡くなっても、その子が生前、与えてくれた喜びは、計り知れないと思います。それらを思い出して、しっかり心の中に抱いていきましょう。

(その3)夫とは悲しみ方が違うことを知りましょう。

今までと変わらず、出勤する夫を見て、「なんでそんなに平気でいられるの……?私はこんなに悲しんでいるのに……!」と思うかもしれません。しかし、それは勘違いです。

夫は、感情を出して弱い人間だと思われるのが嫌で、表面上、冷静さを装っているのであって、決して、平然としているわけではありません。性差による悲しみ方の違いなのです。夫は、つらさをじっと我慢して、忙しく働くことで悲しみを紛らわせ、家長として、妻を養うためにも、お金を稼いでくれているのだと理解しましょう。

(その4)悲しみは、時間とともに和らぐもの

人間の感情は、どんなものも、続きません。喜びもなかなか続かないかわりに、悲しみも、時間とともに、和らいでくるものです。心が落ち着くまでの時間は人それぞれですが、だんだんと悲しみは薄れ、やがて、懐かしく、穏やかな気持ちで思い出せるようになる日が必ずきます。

(その5)悲しみを幸せに転じる方法

最後に、子供を亡くした悲しみを幸せに転じる方法をご紹介しましょう。中田秀美さん(81)は、30代で、10歳の長男を亡くしました。その悲しみが幸せに転じた体験を語ってもらいました。

(4)わが子を亡くした私は、悲しみをこう乗り越えた

「早く行きなさい」

その日、学校から帰った10歳の長男を、私はそろばん塾へと急がせました。息子は自転車に乗って、出掛けました。それから、どのくらい経ったか、近所の人が血相変えて、飛び込んできたのです。

「中田さん!大変だ。清君が事故に遭ったよ」

交差点で、車と出合い頭にぶつかったと言うではありませんか。急いで現場へ駆けつけると、幸い、息子の意識はしっかりしていました。救急車で病院へ運ばれましたが、本人は、「どうもないよ」とケロリとしています。いったん、自宅へ連れ帰ることになりました。

ところが、その夜、息子は高熱を出したのです。病院に着く頃には意識が朦朧としていました。頭を強く打っていたのです。緊急手術が施され、一週間、生死の境をさまよった末に、息子は亡くなりました。

おとなしい、優しい子だった。野球が好きで、ついこないだまで、父親と元気にキャッチボールをしていたのに、なぜ、突然、こんなことに……?

「私が急がせたからだ……」

自責の念にかられ、食事も喉を通りません。自殺も何度も頭をよぎりました。何とか踏みとどまれたのは、6歳の次男がいたからです。次男の前では必死に涙をこらえましたが、学校に送り出すと、1人、仏壇の前で泣きました。

1年、2年、3年……、月日とともに、気持ちは少しずつ和らいだとはいえ、忘れることなどできません。次男が成人したあとも、九州によい供養をしてくれる人があると聞けば、遠路訪ねて、経文を唱えてもらったりもしました。しかし、これで本当に供養になるだろうかという心のモヤモヤをぬぐうことはできませんでした。

25歳で次男が独立したあと、今度は夫が風邪をこじらせて肺炎となり、帰らぬ人となりました。息子を亡くした悲しみを分かち合った夫までもが他界し、独りぼっちになってしまった。寂しくて、苦しくて、「仏さま、もう私を迎えに来てください」「誰か、どうか助けて」、そんな悲鳴をあげる日々が続きました。

そんな時、自宅のポストに1枚のチラシが届いたのです。親鸞聖人のアニメ上映会の案内でした。会場で、アニメを見て初めて、親鸞聖人は、「苦しい人生、なぜ生きる」という大問題を明らかにされた方と知りました。

この世は、いろいろな苦しみに満ちているけれども、私たちは苦しむために生まれてきたのでもなければ、苦しむために生きているのでもない。苦しみや悲しみ、寂しさや悩みの一切も、〝人間に生まれてよかった〟という心に大転換する道が仏教に説かれていることが、分かったのです。

「平生元気な今、その幸せに救われたなら、まるで苦しみの波の絶えない人生の海を明るく渡す大船に乗ったような心になる。どんな人も、乗せていただける船だから、早く乗せていただいて、未来永遠の幸福になりなさいよ」という親鸞聖人のメッセージをお聞きして、

あの時、死ななくてよかった!

生きていてよかった!

という喜びがわきあがり、チラシを届けてくれた女性の手を思わず握りしめて、「このチラシは私の命の恩人です。ありがとう」と言わずにおれなかったのです。

今は、親鸞聖人の教えをともに聞かせていただくステキな仲間もできて、喜びに満ちた生活を送っています。「踏切から鉄道に飛び込もうとさえ思った私が、こんな幸せな毎日が過ごせるようになるなんて……。世のはかなさを教えてくれたお父さんと清のおかげだね」と、よく散歩に出掛ける近所の蓮池を眺めながら、しみじみ思う今日この頃です。

80歳を超えてなお、笑顔輝く中田さん。

中田さんを変えたのは、どんな話だったのか、今、悲しみに沈んでいるあなたも、一緒に聞いてみられませんか。

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